ブクゑメモ

本読む苔の読書メモ。好きにやっちゃいましょうよ、好きに。

クォン・ヨソン『春の宵』

ブログ継続 決意新たに 年の暮れ そうこうしてるうちに年明けた 字余り

 

読んでくださるみなさま。ご無沙汰しておりました。しすぎでした。

2018年は、新しい生活リズムになかなか慣れず、ブログどころか読書もままならない一年でした。継続を諦めかけていた年の瀬に、予期せず平成最後のボディブロウをくらいまして。これがききましたね。本を読む歓び、復活しました。わたしにとっての読書は、生きづらさを上回る楽しみなのです。復活。不死鳥のように、ですよ。いや、それは分不相応ですけども。とにかく、決意を新たにしたのです。毎年してますけども。ええ。

さて。

春の宵 (Woman's Best 韓国女性文学シリーズ4)

春の宵 (Woman's Best 韓国女性文学シリーズ4)

 

 平成最後のボディブロウこと、クォン・ヨソン『春の宵』です。推薦にハズレなしの友人が勧めてくれた韓国文学。興味はある。けれど、どれから手をつけたらいいのか、分からない。そういうとき、持つべきものはこちらの嗜好偏愛を知っている友ですね。韓国文学最初の一冊がこの『春の宵』でなかったら、韓国文学の味わいや読書そのものの楽しさを思い出さなかったかもしれない。そんな一冊になりました。

 

「始まりが終わりで終わりが始まり」偏愛すること限りないわたし。

bookwyememo.hatenadiary.jp

きましたね。『春の宵』はみぞおちにストレートでした。偏愛どまんなか。

 

表題作『春の宵』

終わりから始まる。療養院にヨンギョンを見舞った二人の姉たちの会話は、この物語の終わりで始まり。それは、いまのヨンギョンとスファンにはもう語ることができない、終わってしまった物語。その終わりを、姉たちは嘆く。こうして、ヨンギョンとスファンの物語は突然に、今までこの物語の外にいた人たちの会話から始まる。このイントロダクションには戸惑った。「え?この人たち、誰?ヨンギョンとスファンはどうしたの?」と何回か読み返してようやく理解できたのだが、実はこの戸惑いこそがこの作品が繰り出す最強のボディブロウ。

視点が移って記憶と時間を遡る。リウマチ性関節炎を患うスファン。重度のアルコール依存症で、肝硬変と栄養失調を併発しているヨンギョン。終わりに向かう二人が出会って、終わるために二人の物語が始まる。

語り手/視点が移り、姉たちからヨンギョンとスファンの記憶へ、終わりから始まりへの時間の移動。戸惑わせておきながら混乱させず、自然に引き込むクォン・ヨソンの筆致!姉たちの会話によって大きく動いた時間の中で、姉たちからは見えないヨンギョンとスフォンだけの物語の時間が、始まりへ終わりへと動く。視点と時間、記憶の入れ子。大きな崩壊の中にヨンギョンとスファンそれぞれの崩壊と、お互いに崩れながら相手の崩壊を支える、崩壊の入れ子。物語の中の物語、時間の中の時間、記憶の中の記憶、破滅の中の破滅。それは、静かに組まれ分解される、入れ子細工。生まれたばかりの子供を夫の家族に奪われた絶望からアルコールに走ったヨンギョン。苦痛を忘れるために飲む酒。忘れるための酒が呼び起こす記憶。ヨンギョンの姉たち、ヨンギョンとスファンが最期の時を迎えるために身を寄せた療養院の人々。二人の世界の外にいる人たちには隠されて、そこからは見えず語られず、そしてヨンギョンからも忘れられる物語。

これだけのものを驚くほどシンプルに語るクォン・ヨソンの筆!終わりから始まった物語。忘れられる物語、組まれ分解され再び組み直されたとき現れるもの。冒頭の戸惑いも入れ子のパーツのひとつだった!ボディにきまるクリーンヒット!ああ、これか!これだったのか!組み直されたものが見えた時、ボロボロボロボロと涙がこぼれた。

そのほか、印象に残ったものをいくつか。

『三人旅行』

キュ、ジュラン、フニ。過去から今をなぞるロードトリップ。別れを決めたキュとジュランの間に何があったのか、二人の間にフニがいて、語られない部分が…やっぱり語られない。ドライブに挟まれる休憩や食事のシーンからフワッと立ちのぼってくるもの。大きな歴史のうねりと三人が見える。

『おば』

「そもそも記憶というものは、言葉と時間を経るたびにもぞもぞ動いて場所を変えるものなのかも知れない」 

夫の母の姉、伯母の記憶。彼女の記憶から私の言葉へ、もぞもぞ動いて場所変える記憶、血という縁の呪縛。解放。

『逆光』

「たとえば過去というものはですね

「恐ろしい他者であり異邦人なのです。過去というものは、もはや修正できない恐ろしい誤字脱字、洗っても取れないシミ、取り除こうとどんなにあがいてもビクともしない、異物なのです。不動の過去を少しでも流動的な物にするために、またずっしりと重い過去を揺れ石のようにぐらつかせるために、ごちゃまぜにしたり隠したり、あるいはなかったものにしようとするのです。僕たちの記憶は、正確とは言えない方向に、かと言ってまったく正確ではないとも言えない方向に進化した、おかしなものなんですよ」

 過去、記憶。言葉は何を留めているのか。進化した記憶が過去を修正しようとする。見えなくなっていく目が見るもの。

 

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

 クォン・ヨソン『春の宵』は、登場人物たちか忘れるために酒を飲み、忘れたい苦しみや哀しみを抱えながら浮かんでは消えるうたかたを、ひとつひとつ描き留めているかのような、静かで強いボディブロウをきめてくる短編集だった。

吹けば飛ぶような読書感想メモではありますが、これからも続ける所存です。シクヨロ!