ブクゑメモ

本読む苔の読書メモ。好きにやっちゃいましょうよ、好きに。

ピョン・ヘヨン『ホール』

*作品の内容にガンガン触れてます。ご注意ください。

 

さて。新装開店第一弾はピョン・ヘヨン『ホール』です。これもやはりオススメにハズレなしの友人から。オレたちのピョン・ヘヨン! 

シャーリー・ジャクスン賞2017受賞の本作。泥沼にズブズブ足をとられて主人公と一緒に沈んでいくような、そんなミステリ。

『ホール』は、一言で言うと壮大なマンスプレイニング・クロニクルでした。飲み会の席でうっかりとなりに座っちゃったら「ヨメサンが実家から帰ってこないんだよぉ なにがイヤなんだかわかんないんだよねぇ 経済的には苦労させてないし、家の中のこともそれなりに好きにさせてやってんのにさぁ ブホフェ〜」って酒の匂い振りまいてグデングデンのひとに聞かされて、「オレはこんなに頑張ってんのにすごいのに」を延々と聞かされる。そんな感じ。読後の短観は「いや、そういうとこでしょ」。

ピョン・ヘヨンってすごいなぁと思うのは、そんなマンスプレイナーのオギに語らせておいて、読者を彼の視点に引きずり込むところ。オギの激しすぎる自己愛とミソジニーは物語の進行とともにだんだん明らかになっていくんだけど、わたしはあるときまであんまり意識していなかった。そして、じわじわと増す「ん?ん?」に、ハッと気がつくわけです。自分の中にもミソジニーがあるってことに。オギに抑圧され蔑まれている女性たちを、あえてオギというフィルターを通して仕掛けてくるところ。それがオレたちのピョン・ヘヨン。表層的に「女はこわい」という感想が出てくるような書き方をしてるけど、さてその「女」とは誰が定義している「女」なのか。わたしたちも無意識にその定義を判断基準にしていないか。オギの中にあるものは、自分の中に全くないと言い切れるか。いくつも問いかけています。オギの語りで描くミステリ。けれどオギが語れば語るほど明らかになっていくのは、オギの周りで起きる謎に満ちた出来事ではなく、オギ自身の姿。傲慢さ、自己愛、ミソジニー。語れば語るほど、オギの掘る穴は深く深くなっていく。

「人を人とも思っていなかった主人公がある出来事を通して人としての自分を取り戻していく」という物語の対極に『ホール』がある。取り戻すどころか、どんどん深みにはまってついにそこから出られなくなる話。ちょっとドストの『罪と罰』っぽいですよね。オギにはソーニャがいないけど。いや、最初から最後までいなかった。モラハラで蔑み声を奪い、間接的に、すでに殺してましたから、妻を。最初にこの本のタイトルをみて「ホール?HOLE? WHOLE?」となったのですが、人生を変える大きな出来事が起きても、相変わらず自分の内にある穴をガンガン掘って落ちていくだけの話、結局オギが自分を取り戻せなかった、WHOLEにならなかった話でもあると思うのです。

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