ブクゑメモ

本読む苔の読書メモ。好きにやっちゃいましょうよ、好きに。

ルイス・ノーダン『オール女子フットボールチーム』

※好きすぎてことこまかにストーリーを説明したい、邦訳これしかない作家だからもう居ても立っても居られないというわたしのクレイジーファンガール気質がダダ漏れているので前情報いらんという方は読まないでください。いらんと言う方にも読んでほしいけど、読まないでください。あと読もうとしてくれているみなさま、クレイジーファンガールの厄介さが身に沁みる長さです。やっぱさ、みんな読んでみてもいいんじゃん?

 

天才。

これまでリディア・デイヴィス『話の終わり』(作品社(2010/12/25)岸本佐知子訳)*、ルシア・ベルリン『火事』(「楽しい夜」講談社 (2016/2/25) 岸本佐知子編訳)、クォン・ヨソン『春の宵』(書肆侃侃房 (2018/6/11) 橋本智保訳)などの天才作品がありましたが、そこに新たに加わりました、きましたねこの天才が。天才が書き天才が邦訳した天才な作品がきましたね。天才だらけ。全部天才。読んでる時に上からなんか降ってきて目の前がパァッと明るくなる系の天才。天才。

白水Uブックスより復刊

 

天才による天才の作品『オール女子フットボールチーム』(岸本佐知子訳)は「MONKEY vol.23 特集 ここにいいものがある。」(スイッチパブリッシング (2021/2/15) )初出、アンソロジーアホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(スイッチ・パブリッシング (2022/9/30)柴田元幸 岸本佐知子編訳)に収録されています。2023年1月中旬現在、邦訳で掲載されているはこの2冊のみ。

天才ことルイス・ノーダンの天才作品、2023年2月現在わたしの知る限りで邦訳されているのはこの『オール女子フットボールチーム』のみ。ルシア・ベルリンのときのように「どうぞよろしくお願いします」と岸本佐知子さんの方角に手を合わせてます。アメリカでも幻の作家的扱いのノーダンだけど電子書籍化されている作品多。クレイジーファンガール気質のわたくしは原著も買っちゃったわけ!

 

『オール女子フットボールチーム』の舞台は架空の街ミシシッピ州アローキャッチャー。主人公シュガー・マッケリン45歳が語る「あの頃の僕」シュガー・マッケリン16歳高2のときのストーリー。青春の話かな…?

さて!

シュガーくん高2のとき、体育館に新しいスコアボードを買おうということになりまして。そこで2年生のみんなが考えついたのが「オール女子フットボールチーム」。試合のチケットやコンセッションの売り上げを費用に当てようって算段。なかなかおもしろいアイデアじゃないですか?シュガーくんもそう思うわけですが…

見知っていた女子たちがオール女子フットボールチームへと変貌していく様、ユニフォームとヘルメットに身を包み、パッドを付けてガツンガツンぶつかり合う、汗かいたり怪我したりツバ吐いたり手鼻かんだり…シュガーくんはそんな女子たちを美しいと思っちゃう。怖い、でも美しいと。シュガーくんは、内からフットボール選手感溢れてくる女子たちの美しさに圧倒され、その美しさを怖いと感じるんですね。夢中。兎にも角にもフットボール女子たちに夢中。夢中になるあまり頼まれてもないのに雑用係を買って出てここぞとばかりにチームの周りをウロウロする。フィールドに出てライン引く、父兄に審判や点数係をお願いしにいく、みんなの履く靴下が清潔かどうか確認する。シャワーと着替えを終えた女子たちが出てくるのを、ロッカールーム前で出待ちするのがシュガーくんのお気に入りで… え…シュガーくんそれ… かなり…。

フットボール女子たちの立ち居振る舞いがまるで男子のフットボール選手みたいになっていくんですが、シュガーくんは女子ひとりひとり、それぞれの美しさを見出す。そして尊ぶ。ウロウロジロジロしてるのかなりアレだしシュガーくん自身もアレだなってちょっと気づいてはいるものの、離れられない。フットボール女子たちのそばにいたい。怖い。美しい。畏怖と美。シュガーくん…まあ、アレなのに気づいてんならいいけどね…

この辺りでなんとなく、この作品は a) ジェンダーのゆらぎ、b)45歳のシュガーくんのヘキ、 c)シュガーくんがドラァグに目覚めるきっかけ、 d)シュガーくんのセクシュアリティ、そしてもしかしたら e) all of the aboveなのかな、語り手はシュガーくん45歳なので、わたしは(e)なんじゃないかと思ったんですが、そこはすごいグレーなまま進んでいくわけ。

 

2023年からするとなにそれ?だから?なんだけど、この作品は80年代に書かれてるんですよ。40年前にすでに a から e を、なんなら2023年に小説のテーマとして全然アリのものを、こんなにサラッとナチュラルかつフレッシュに(オーガニック野菜か)書いてるルイス・ノーダンほんと天才。

グレーが限りなくグレーであるもうひとつの理由はシュガーくんのダッド。男の中の男。南部の漢。そんなお父さんは年2回、ドラァグするんです。1回は(もちろん)ハロウィンのとき。もう1回はロータリークラブライオンズクラブのチャリティ「女のいない結婚式」。オール南部の漢ドラァグショー。シュガーくんのお父さんは毎年それに出演してドラァグやっているわけ。「ブラックフェイスの代わりに口紅をひくミンストレルショー」とはシュガーくんの表現だけど、そこにシュガーくんの、ひいては南部の漢たちの、黒人と女性に対する差別が示唆されている。だけどシュガーくんのお父さんはなんだかちょっと違う。バカにして笑うエンターテイメント以外の何かがそこにある。「女のいない結婚式」でドラァグを装うお父さんの「女になる」準備の一つ一つをつぶさに眺めるシュガーくんにもよくわからない。けれどお父さんがこのドラァグを非常に真剣に受け止めているのはわかる。

 

スコアボード新調のファンドレイジング、出し物がどんどんエスカレートしてきて、今度はハーフタイムにオール男子チアリーディングチームでパフォーマンスしようって話になる。みんな乗り気なんだけど、シュガーくんだけがこんなの馬鹿げたアイデアで自分は絶対やりたくないと大反対。だけどみんなの「おもしれーじゃん笑えるじゃん」で決まってしまう。ここでもまたあからさまな偏見と差別はただの「笑える冗談」ですね。

にっちもさっちもいかなくなって憤懣やる方ないシュガーくん、当日試合開始2時間前にお父さんの部屋、銃があってお父さんが撃った鳥の羽があってフライフィッシングのルアーがあって、獣の血の匂いがする、小学校までしか出ていないペンキ職人のお父さんの人生全てが詰まった匂い、南部の漢臭のするお父さんの部屋で、グチグチグチグチ文句言う。女の格好なんてバカな奴らがやることだグチグチグチグチ。そうだろダディ?グチグチグチグチ。

息子のグチグチグチグチを黙って聞いてたお父さんは言う。「スカートとセーターと下着を身につける手伝いをしてやる。きっとおまえは自分を美しいと思ったことないだろう。」この一言。自分を美しいと感じるだろう。ノーダンの放つ天才の光が空からパァァッ…と降りてきた瞬間その1です。倒錯でも冗談でも差別でもない。自分を美しいと感じる。容姿の美醜じゃない。内にて自らの美を感じる。美しさ。何度も言うけど、80年代のミシシッピの片田舎だよ?南部の漢だよ?「父さん、これってクィアなの?」これってクィアなの?ここで「クィア」は「変」だけど、2023年のいまアイデンティティを表す言葉になったクィア、この頃は変態とかおかしいっていう差別の意味で使われていると思う。それには無言のダディ。これってクィアなの?ダディのドラァグを見慣れていると言っていたシュガーくんの差別的視線。無言のダディ。自分を美しいと感じることはクィアなのか。

レースのパンティ、ストッキング、ブラジャー、乳首もちゃんと付いてる乳房を模ったゴムの詰め物… グチグチグチグチ言いながらもチアリーダーの装いで試合に出るわけです。そして、天才が放つ光その2。突然シュガーくんは知る。自分が美しいということを。

「僕は突然父が正しかったことを知った。僕は美しかった。ただ美しさの意味が前とはもう違っていた。それは僕が僕自身で、僕の核、まったき中心であること、そして世界もまた世界のままで、その二つは永遠に変わらないということだった。」(岸本佐知子訳)

天才なのは、ここにアロー・キャッチャーの風景描写が入るところ。「それは僕の愛する土地だったーー曲がりくねったヤズー川に抱かれ、ワニとマガモとビーヴァーのダムと水田と大豆とナマズ養殖場をたたえた、この楕円形の土地は。」(同)そんで踊る曲が、お父さんもリクエストしてくれた、「サティスファイド」ですよ。自分自身を知った時まったきものとなる。その瞬間、サティスファイド。何度も言うけど80年代だよ… 天才か… 降ってくる光の中で泣きましたよわたしゃ。

そして、チアリーダーのユニフォームに身を包んだトニー・ピレッリ、オール女子フットボールチームのコーチをしてきたトニー、を美しい、抱きしめて守ってあげたい、キスしたいって思うんだけど、そんな自分にシュガーくんは言う。「僕はレズビアンだったんだ。」2023年のわたしは言う。違う!そうじゃない!そうだけどそうじゃない!そのままでいいんだよ、名前をつける必要はない!それはそのままで!めちゃくちゃ胸が痛くなった。光その3ね、ここ。

45歳シュガーは現在の彼のことを語ってるようでなにもかもグレーのまま明らかにしていない。やっぱり e) All of the above。なにもかもグレー。ありとあらゆる境界が透明になるグレー。全き姿って限りなく透明に近いグレーなのときもあるんじゃないか?

 

天才天才と言ってきましたが、なにがいちばん天才って、この作品、感動の短編!じゃないんですよ。すっげえ変な話なの。シュガーくん16歳すぐ興奮して感情と性欲ごっちゃにして想像しちゃうし。岸本さんて変な話お好きだよねえって改めて思う天才作品だった。めちゃくちゃ褒めてる。